
先月の節分(恵方巻き)に続いて、食品売り場のPR合戦は、ひな祭りのちらし寿司なのだろうか。子どもの頃無邪気に歌っていた「ごぉにんばやぁしに笛太鼓ぉ、今日は楽しい雛祭り」の歌詞に出てくるような段飾りのお雛様を飾るスペースがないし、いちいち五人囃子や女官たちのお人形さんを箱から出して飾るなんて時間の余裕もなくなって、主流はお代理様とお雛様のみの段のないお飾りという流れになって久しい。ウチは、そもそも裕福でもなかったから、段飾りなんてお友だちの家で見てへぇ、というくらいで、青色の靴下に水色のパジャマが定番だった女の子っぽくないわたしにはさほどの関心がないから、うらやましいとも思っていなかった。
ひな祭りといえば、思い出すのが、通っていた保育園のおゆうぎで、卵の殻に穴を開け、中身を取り出して乾燥させ、何色かの色紙の着物を着せた小さなお雛様を手づくりしたこと。もちろん、中身を出すのは自分ではなくて母の手仕事だったのだろが、ソレが妙に気に入ってしまい、ひな祭りの本番が済んでも、何度かおねだりしたのを覚えている。わたしは子育てをしたことがないから、生卵を何度も吸い出すような目に遭ったことがないから、思い出すたびに申し訳ない気がする。母の愛とはそういうものなのだろう。田舎育ちの母は、裕福でない家計の中でも、季節の行事は欠かさなかった。行事といっても主には食にまつわるもので、この季節には、ヒト様の田んぼのアゼで芹を摘んできたり、庭の日陰で雪の下を獲ったりしては食卓に上っていた。たまに、山を所有しているご近所さんから、堀立ての竹の子をいただいたときには、関門海峡で獲れたという和布(ワカメ)と一緒に煮物やお吸い物になったのを覚えている。それだから、後年、子育てはしないが、ヒト様に薬膳のレクチャーをするようになって、直伝で教わりはしなかったものでも、母ならこうしていたろうか、と想像すればはじめて扱う食材でも何とかなるという…学校から戻ると専業主婦の母はいつも狭い台所にいて、夕飯の支度で向こうを向いていて、背中越しに会話したのを思い出す。
いつだったか、母の介護をするようになったはじめの頃、検査で入院している母を自宅から1時間半かかる大学病院に見舞った際、かしわもちを自作したら、腕を上げたね、バトンタッチだね、と追っかけメールがきた。それから少しして、母の大定番の茶碗蒸しにもお墨付きが出て、我が家の主婦の座は完全にわたしが掌握した。それがどうだろう。今年の正月は、いくらか体調を崩していたから、生まれてはじめて冷凍宅配のミニおせちを注文することになった。もしも、寝込んで手づくりできなかったらどうしよう、と危惧されたから。それもけっきょくは杞憂に終わり、黒豆、かずのこ、マナス、栗きんとん、煮染め、焼き車海老の主要6品は無事に食卓に並んだが、へぇ、世間のひとは、こんなものに何万円もかけて正月を迎えるのか、と学習にはなった。Amazonのミニおせちは、すでに割引きされていて、怖いもの見たさとしては許される金額に思われたが、中身を見て、食べてみて、これが正月でなければ割引価格のさらに1/2が妥当だろうと推察された。
GW、夏休み、年末年始のハイシーズンにわざわざ出かけることはないし、休前日にホテルをとることもない生活をしているから、ついいつもの調子でセコいことを考える。きょうび育ち盛りのお子さんを抱えるお母さんは大変だろうナ。
三つ子の魂百まで、だから幼い頃に習慣的に食卓に上がらなかった食材は、大人になっても基本的には食べないことが多い。ウチは、カリフラワーを食べたことがなかったから、おや?これはどう茹でるのだろうか、と首を傾げた。今では、ちょっとググれば調理法は誰かが記事をアップしてくれているが、益々、自分で考えないし、古いしきたりが伝承されることもなく埋もれてしまうような世の中が加速する。
そのうち、お代理様って何のこと、と聞かれそうだ。








