歌い、語り継がれるもの

今どきの若いひとには、フランクシナトラがわからないかも知れない。いや、わたし自身もさほど詳しくはないが、まだ、昭和の終わり頃から平成にかけては、結婚披露宴や宴会のカラオケで〝My way〟が歌われることはあった。ずっと若い頃、夏以外でもボサノヴァをよく聴いていて、シナトラのアルバムもお気に入りのひとつだった。その後、だいぶ経ってから、別の女性シンガーのアルバムでもカバーされたが、それもCDが傷だらけになるくらい聴いたので、〝Bubbles,Bangles&Beads〟がオリジナルとミックスされて、まるで、デュエット曲のように脳裏で響いてくる。あの、ナタリーコールが亡き父と歌った名曲アンフォゲッタブルのように…
時を超え、アレンジを変えて歌い継がれる、JAZZやPOPSのスタンダードもあれば、バッハやヴィバルディのように何百年も前から変わらないクラシックもある。教科書で習って、数十年ぶりにでも聴けば思い出せるワンフレーズを口ずさめる学校唱歌もある。カノンで有名なパッフェルベルは、300だか3,000だかの作曲のうち、カノン奏法の曲は唯一アレだけだった、というのだから世の中は何が起こるかわからない。ショパンだって、わたしが〝救急車の歌〟と名づけた押し曲のひとつは、本人が、その作曲を悔いて、楽譜を燃やして欲しいと遺言で懇願するほどに嫌っていた曲らしい。そういう意味では、やはり、評価は他人様がするのが前提にはなる。
歌は世に連れといわれて、どの曲が流行るのかは予言できないし、時代の雰囲気や世相というものが無意識に反映されるのだろう。しかし、今では、AI生成の動画や画像も含めたコメントの投稿が、毎日数え切れないほどアップされて、まるで世論を誘導しようと画策している風にも見える。見る側がホントか嘘かを判断してビクビクしながら視聴するしかないなんてのはおかし過ぎる。それが現実なら、以前からサブリミナル効果を忍ばせていたなんてのも可能性は否定できなくなる。それだけ、真実とはズレたところで、いわゆるマーケティングが繰り広げられているのだろう。由々しきことじゃないか。オリジナルの意味とはいくらかニュアンスがちがうかも知れないが〝生き馬の目を抜く時代〟にはちがない。まいっちゃうね。
クラシックでも仏像でも絵画でも、長く遺されたものには、今なお作者の魂が込められているのか、何もわからない後世のひとでも、これは粗末にしてはいけないとこころに響くものがあるのではないか。そんなものを生み出すのはかなりハードルが高いが、少なくとも飽きずにふてくされずに誠心誠意努力することはできる。共振する買い手は、はじめは少数かも知れないが、外だけキレイに見せかけた過剰ラッピングのモノは、いずれ化けの皮は剥がれてしまうのだから、目先で、無駄なことをするのはやめよう。
Francis Albert 〝Frank ‘’Sinatra (1915-1998)
米国のポピュラー・ジャズ歌手
1953年には、映画「地上より永遠に」で、俳優として
アカデミー賞助演男優賞も受賞している。
その逝去に際して、エンパイヤステートビルディングが、
弔意を表すために彼の瞳と同じ青い照明を灯したほどの
長期に亘り活躍し続けた大御所たるエンターティナー。
〝Bubbles,Bangles&Beads〟は、1967年、ボサノヴァの
創設者、アントニオカルロスジョビンとの2TOPアルバム
に収録されている。
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